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「仕事を生み出していくのが俺の生きる道」プロジェクトマネージャー 瀬田晴彦

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「仕事を生み出していくのが俺の生きる道」プロジェクトマネージャー 瀬田晴彦
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受けた範疇だけの仕事をやるだけではだめ

「PARTNERS」では、A.C.O.のパートナーを紹介しています。今回はプロジェクトマネージャーの瀬田 晴彦。瀬田はA.C.O.で働きはじめ、早5年。身長189cmの巨体を活かし、数々の大規模サイト制作において華麗なプロジェクト・マネジメントを担当してきました。

  • 瀬田 晴彦

    瀬田 晴彦| HARUHIKO SETA

    PROJECT MANAGER / TECHNICAL DIRECTOR
    武蔵大学経済学部経営学科卒業。デジタルハリウッド卒業。システム会社、WEB制作会社にてデザイン業務を経て、現在に至る。プロジェクトマネジメント、テクニカルディレクション担当。グロース・マネジメント部所属。

「サイトマップって地図作るんですか?」

ー 瀬田さんがはじめてWebの仕事を志したのはいつ頃だったんでしょうか?

瀬田 晴彦
DJとして活動していたころの瀬田

漠然としてますが、新卒で入社した会社の2年目くらいだったと思います。デザイナーの辻之内君のように、僕は学生の頃「これをやりたい!」というのは特にありませんでした。大学では経営学を専攻しつつもDJにのめり込んでいて、バイトで稼いだお金をレコードにつぎ込み、ひたすらDJをする生活を送っていました。音楽業界で働いている先輩方が周りにたくさんいたので、そちらの道を意識してました。とはいえいろんな諸事情があり、周りが就活を終えた時期に就職活動をはじめ新卒で入社しました。

そこでは計4年勤めたのですが最初の3年間はずっと営業職でした。1年目はアパレル企業に基幹システムの営業を行っていたのですが、1年目の後半に自社で運営していたWeb媒体をきっかけに、飛び込み営業でWeb制作の案件を受注したことがあったんです。受注といっても若さを糧に本当偶然とれたような案件で、、。そのままディレクションを行いました。ただとても良いお客様で、協力いただきながら公開まで持っていくことができました。もう10年くらい前ですかね。

当時の僕は「ディレクトリってなんですか?サイトマップって地図を作るんですか?Flashで眩しそうだな」というような状態。制作を担当する部署からあまりの無知にこっぴどく怒られたのをよく覚えています。(笑)ただ当時は「Webつらいよ」といった印象でした。

そこから2年目に入ると、ECサイトの在庫管理システムの営業をメインに担いました。そのときにWebでモノが売れる裏側の現場を目の当たりにして、「これはすごい。Webってこんなことができるのか」と驚いたのをよく覚えています。

ー なるほど、ではそこからWeb制作に移って…という感じなんでしょうか?

いや、まだ3年目は基幹システム営業を引き続き行ってました。ただ、当時は全く売り上げが上がらず結構辛い次期が続いて。飛び込み先で不法侵入だとか言われて怒られたりとか。。そんな毎日でした。その時に僕が本当にやりたいことは何かと考えたときに思い出したのが、1年目に初めて受注した案件でした。

自分主導で目に見える作ったものが人の役に立ち、ビジネスにも直結する。作り手としてクライアントのビジネス課題を解決することに対して日に日に興味が湧いてきていたのを覚えています。web designingなど買ってこのサイトかっこいいなーとか、html/css入門書とか読んで自分でサーバーにひどいサイトをアップしたりとか、夜間や土日を使って勉強してましたが、1年間やもやしながら生きてました。

瀬田 晴彦
最近の趣味はもっぱら自転車。

そこで4年目に当時の上司やマネージャーに相談をして、EC事業部に転属させていただきました。ECサイトの受託、デザインからコーディングはもちろん商品の物撮りから、運用までデザイナーの上司に指導いただきながら携わらせていただきました。

自分のわがままを聞いていただいた上司、マネージャーには今でも本当に感謝してます。営業時代から自分の欠点や弱点を徹底的にメスをいれていただいたおかげで(当時はつらかったですが…w)今の自分があると思います。

「チス、服装丸かぶりっすね♫」

ー その4年目が実質瀬田さんにとってのWebキャリア1年目だったんですね。

自分ではできない部分が明るみになることはわかりきっていたので、もっと学ばなければと思い、転属前に有り金はたいてWeb制作等のスクールをやっているデジタルハリウッドに入学しました。平日は仕事の制作現場で学び、土日はデジタルハリウッドという1年間を過ごしました。講師にも恵まれWeb業界で生きていく術まで学ばせていただきました。

僕が入学したのは社会人クラスだったので異業種からWeb業界を目指している人も多く、同じ目標を目指す人との横の繋がりもうまれました。そこで出会ったのが、いまA.C.O.で僕のいるグロース・マネジメント部のマネージャー/プロデューサーとして働く、安田でした。

初日のオリエンテーションの日に喫煙所でタバコ吸っていたら、いかつい人が近づいてきて。「チス、服装丸かぶりっすね」と突然話しかけられたんです。二人とも、黒いデニムにグレーのパーカーでパーカーのブランドも同じ、吸ってるタバコの銘柄まで同じだったので初日に仲良くなりました。

ただオリエン期間が終わると本クラスが始まるのですが、安田とはクラスが別だったので、一緒に勉強することは無かったのですが、安田もDJをやっていたこともあり、一緒に飲みに行ったりする仲になりました。

ー ではそこからA.C.O.へ?

いえ、その頃は安田もまだA.C.O.へ入社する前で、フリーランスをしていました。一方僕はとにかく制作の場数を踏みたいと思っていて。もっと多様な案件をたくさんできる、制作ゴリゴリの経験をしたいと考えるようになりました。幸いにも自分の卒制がクリエーターズオーディションという一般企業の採用担当が見にくるプレゼンイベントに選ばれて、自分のつくったものに対して評価をいただけたのが嬉しくて。そこでお誘いの声もいくつかあったのですが、決断できず。転属をアシストしてくれた周りの方々を裏切ってしまうという気持ちと、見えない将来のことを考えると頭がおかしくなるくらい悩みました。当時27歳の僕にとっては一大決心をしてゼロから転職活動を始めました。

とはいえ、年齢からいってもデザイナーとして経験が浅いにため活動は半ば飛ばずで、、なんとか未経験枠で拾ってもらいました。デザイナーとして働き始めましたが、ほぼ営業さんとデザイナーの二人三脚で、デザインはもちろん設計〜開発まで幅広く携わりました。自ら望んだことでもあったのですが、案件数がとにかく膨大で、常時50案件くらいが併走している状態。案件の内容も幅広く、キャンペーンやサービスサイトからEC、コーポレートサイトまでとにかく何でもやりました。1年半勤めたなかで、大中小あわせて70〜80件くらいのウェブサイトを作ったと思います。ものすごい量の経験をさせていただいた当時の社長、営業に感謝してます。

「一回、A.C.O.に遊びに来ない?」

ー 1年半でその物量はすごいですね…!ではそこからA.C.O.へ?

そうです。ちょうど1年ちょっと勤めて、自信もそれなりについてきた頃に、A.C.O.へ入社してプロジェクトマネージャーとして働いていた安田から連絡があったんです。「一回、A.C.O.に遊びにこない?」といわれて、僕はオフィスがオシャレらしい…と遊びに行ったのですが、面接の準備をしてくれていて。聞いてた話とちがう(笑)。。その場で慌ててポートフォリオサイトを出してプレゼンしたのをよく覚えています。

その後話を聞くと直取引を中心に、お客さんの要望をくみ取って、上流工程から関わっていることを知りました。そこで振り返ってみると、直近の1年間とにかく制作経験したことで、以前営業をしていたこともあり、直接お客さんとやりとりして、より課題解決に携わる実感を持ちたい、上流工程から携わりたいという想いが強くなっていました。それができるのであれば、むしろとても良い機会なんじゃないかと思い、オファーをいただけたので入社を決意しました。

ー入社された時はデザイナーとしてだったんですよね?

A.C.O.メンバーに聞く、入社1年目なにしてた?の記事でもちょっと話しましたが、デザイナーとして入社し、先輩デザイナーのサポートをしたり開発経験を活かしてCMSの構築をしたりしていました。ただデザインをやる中で自分のデザインの伸び代と、自分がこれまでやって来たこと、前職時代にフルスタックでやっていたことや、営業経験なども加味したときに、よりお客さんの課題解決に携わるにはプロジェクトマネージャーが良いのではないかと考えました。

幸いにも当時倉島からも「瀬田はプロジェクトマネージャー向いてるよ」と言われていましたし、前の会社の社長にも「ディレクターの方が向いている」と言われ続けていたので、多分その方が良いんだろうと自信をもってプロジェクトマネージャーに転向することができました。

「自分から次々と仕事を作っていく」

ー瀬田さんは大規模案件におけるプロジェクトマネージメントからアカウント業務、プロデュース、テクニカルディレクションまで幅広く業務をこなされていますが、仕事をする上で心がけていることはありますか?

瀬田 晴彦

「自分から次々と仕事を創出していくこと」です。新卒で入社した会社で僕はずっと受け身体質であることを指摘されていて、与えられた仕事をやるのではなく、新しい仕事を創っていくことの大切さを叩き込まれました。

受けた範疇で仕事をやるだけではだめで。あくまでクライアントやメンバーからオーダーされる範囲で仕事をやっているだけでは期待に沿えることはできても超えることはできない。自分は相手に対してどのような価値を発揮できるかを常に考えて、新しい仕事を創っていかなければと思っています。A.C.O.のすごいところは与えられた環境だけでなく、手をあげればどんどんチャレンジできるところにあります。やる気さえあれば職能をどんどん広げていけるので、非常にやりがいがあります。

もちろんそのためにはさまざまな分野のことを知らなければいけません。そのためにも幅広い提案をできる様な知識を身につけていきたいと思っています。今になって振りかえると、営業時代の飛び込み経験では地獄を見ましたしたが、そのおかげで忍耐力wと観察力を鍛えられましたし、企業の業務プロセス、サプライチェーンの現場をみてきたことは、Webの提案に深みを持たすことができます。

デザイナー時代はとにかく膨大なタスクをさばくために、どう効率化をはかれば良いか、その時の経験が今の進行管理に役立っていますし、現場の経験がメンバーと同じ目線に立ってコミュニケーションをとれることに繋がっています。

最近だとマーケティング分野の知識はもっと身につけていきたいと思っています。極端な例でいえば、日本市場に需要がない製品をどう広めていけばいいかという相談を受けても、それに応えられるスキルセットと実現できるネットワークを駆使して総合的な提案力を身につけたいです。スペシャリストというよりジェネラリストとして今後も精進していきたいですね。

瀬田 晴彦

A.C.O.では、瀬田 晴彦と一緒に働く仲間を募集しています

WRITER

kazu

小山 和之

KAZUYUKI KOYAMA
PROJECT MANAGER / EDITORIAL DIRECTOR

A.C.O. Journal編集ディレクター。明治大学理工学部建築学科卒業。建築設計事務所を経て、現在に至る。在学中より、ウェブメディアのライターとして活動。編集ディレクション、プロジェクトマネジメント担当。グロース・マネジメント部所属。

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