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人類学者のUXコラム

人類学者のUX研究コラム:あなたの「リサーチ」は変革の芽を摘んでいるかもしれません

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みなさまこんにちは、比嘉夏子です。

私はもともと、海外で長期異文化フィールドワークを実施して人間の価値観や行動について研究してきた人類学者です。最近では人類学の研究で用いられてきた調査手法、いわゆる「エスノグラフィ(人間を経験的・包括的に理解するための記述と手法)」を用いた定性的なリサーチに従事する機会を、研究以外の場でもいただくようになりました。本年度からは北陸先端科学技術大学院大学(JAIST)に拠点を移し、研究や教育、実践といった活動を続けています。

前回のコラムで人類学を企業価値に応用する活動の手始めに書いたこの記事が、予想外の反響をいただきとても驚いているところです。

エスノグラフィをビジネスに応用するための世界会議

昨年秋、私はモントリオールで開かれたEPICというカンファレンスに初めて参加しました。(今年はホノルルで開催)
EPICを一言で言うと「エスノグラフィをビジネスに応用することを目的とした世界会議」で、Google、IBM、Intel、Salesforce、FJORD、nissanなどのグローバル企業が参加しています。人類学に由来するエスノグラフィが、企業経営やITサービスなど多様な分野でどのように活用されているのかを知ることができる貴重なイベントです。

EPICには、人類学者をはじめ、UXリサーチャー、マーケティングリサーチャー、コンサルタント、デザイナー…etc.と、多種多様な肩書きの人びとが世界中から参加しています。2005年から始まったEPICは 、人間理解の手法としてのいわゆる「エスノグラフィ」について、人類学に源流を持つその手法が産業界においても積極的に活用されることを目指し、普段なかなか交わらない2つの領域、アカデミアとビジネス、理論と応用、といった垣根を超え、その実践的な方法論について活発な議論と対話が続けられています。

EPICが取り上げるテーマは、組織文化の研究から、自動運転車の開発、マーケティング製品のユーザーリサーチ、難民への教育ツール導入に至るまで幅広く議論されていました。これらすべてのリサーチ手法にエスノグラフィが用いられているという共通点があります。

EPIC2017パネルディスカッション風景

EPIC2017パネルディスカッション風景。さまざまな企業や団体のエスノグラフィ事例が紹介された

カンファレンスの最終日、そこで知り合ったNYでwebデザイナーをしてる女性とランチをしていたときのことです。このとき初めて人類学やエスノグラフィの一端に触れた彼女は、しみじみとこう呟きました。

「カンファレンスに参加してわかったことがあるの。それはね、人類学者やエスノグラファーは起業家や経営者になれるってこと。だって、あんなに人間たちを細かく観察して、組織や会社の構造まで考えてるんだもの。きっとあなたも経営者になれるんじゃない?」

人類学では部分と全体(例えば個人と社会)を同時に見据えることを前提にしています。ただそれが経営と似ているという指摘は、新鮮なのと同時に確かに共感できるものがありました。私が経営者になれるかはさておき(笑)、経営者に対してもなんらかのユニークな視点を提供できるかもしれないと、この機会を得てからは考えるようになりました。

旧来的な「リサーチ」のイメージでプロジェクトが発注されてしまう現状

人類学の研究で用いられてきた調査手法であるエスノグラフィは、急速に社会に拡がりつつあります。これはもはやリサーチ業界に携わる人間だけのものではありません。モノづくりの人やサービスを運営する人、大きな組織を創る人、地域の課題に取り組む人など、実にあらゆる人々が、これまでのやり方にもどかしさや限界を感じ、より人間的な視点を取り入れようとする取り組みが増すなかで、エスノグラフィという手法も注目されています。しかし、残念ながらまだエスノグラフィを含む「リサーチ」という行為そのものが、狭い文脈でしか捉えられていない現状を感じます。

では「リサーチ」というものへの理解不足は、どこから来るのでしょうか?

それにはビジネスでのリサーチと、学問としてのリサーチの違いを簡単に説明するとわかりやすくなります。

エビデンスを集める作業という位置づけの〈ビジネスでのリサーチ〉

そもそも、ビジネスにおける「リサーチ」とはどんなものでしょうか?

もちろんそれは実に幅広く、多様です。学術研究と同様の、あるいはそれ以上の深度や精度をもった研究や技術開発も多く存在します。しかし数多く実施されているリサーチについてその目的をみれば、現状や概況を把握するためのデータ収集、リサーチャーの見込みや仮説の補強、事後的な裏付けのためのデータ収集が主流ではないでしょうか。それは既存の枠組みを強化することはあっても、そうした枠組みをアップデートしたり変革するような余地がほとんど残されていないような結果をもたらしがちです。というよりも、そもそも「リサーチ」にはそうした役割が求められていないのかもしれません。ビジネスにおけるリサーチとは、すでに設定された枠組みの中で部分的な役割を与えられ、ある程度のエビデンスを集める作業として位置づけられてきたようにも見えます。

未開拓の領域に踏みこんでいく〈学問としてのリサーチ〉

一方で、アカデミアの世界で「リサーチ」といえば研究活動そのものといっても過言ではありません。それはある種の発見や新規性を伴い、未開拓の領域に踏みこんでいくことを暗黙の前提としています。「巨人の肩の上に乗って」というフレーズも示すように、それはこれまでの膨大な研究の蓄積の上に成りたつものであり、人類の歴史から見ればささやかかもしれないけれども、確かな一歩を積みあげる営みです。そしてその一歩こそが、既存の技術や制度、認識や枠組みをアップデートしていくことを可能にします。

近年ではビジネスの現場でもエスノグラフィやUXリサーチへのニーズが高まり、それなりの規模で実施されるようになってきました。しかし、たとえこれらのリサーチ自体が革新的な可能性を持っていたとしても、残念ながらそのあるべき役割は理解されず、そのリサーチ結果を効果的に活かすことができていない場合も多く見受けられます。もしかするとそれは、前述したような旧来的なリサーチの枠組みで理解されたままなのか、あるいは組織内での承認を得やすくするため、わかりやすく歪められたもっともらしい形式のなかにリサーチ結果が落とし込まれ、その結果として意図せず変革の芽を摘んでしまっているのかもしれません。

Intel(インテル)には、独立したエスノグラフィチームが入ってる

冒頭のEPICの話に戻りましょう。

EPICで各チームのエスノグラフィについて報告と議論がされるなか、それが真に活用されている企業として印象深いものにIntelの報告がありました。多くの場合、エスノグラファーは独立したリサーチチームやデザインファーム、コンサルティングファーム、マーケティングリサーチ会社などに所属しています。しかしIntelの場合には組織内に人類学者が所属し、独自のエスノグラフィチームが存在しています。彼らはIntelのもたらしうる機会とそのユーザー、顧客を知るため、世界中を飛び回りフィールド調査を実施しているそうでです。

さらに興味深いのは、彼らがエスノグラフィのチームを持っていることだけではありません。たとえこのように社内にチームがある企業であっても、多くの場合はマーケティング部門や開発部門といったどこかの部門に属しています。しかしIntelでは、完全に独立した部門としてこのチームが存在しています。ときにはマーケティング部門から依頼され、時には開発部門から助けを求められる、といった具合に、実際にこれまでのリサーチ成果は、Intel社内において「組織改革」「新商品開発」「マーケティング戦略」といったさまざまな部門に変化をもたらし、影響を与えてきたようです。

エスノグラフィチームが存在するだけでなく、リサーチから得られた発見や気づきが最大限に活用される独立部門という位置付けに、私は強く感銘を受けました。

EPIC2017パネルディスカッション風景

エスノグラフィという共通点で多種多様な肩書の人が議論を交わす

「リサーチ」はさまざまな部門をつなぐツール

ビジネスのリサーチに携わると、顧客の不満を解消するために始めたUXリサーチが、結果的にはマーケティング課題や経営課題といったスケールの話に広がることはよくあります。そのリサーチが本質的な部分に迫るほど、そこから得られた知見は全体になんらかの意味を提供することになります。

例えばひとつのリサーチをきっかけとして、組織内でバラバラになってしまっていた部署や役割が見直され、適切につなぎ直されるかもしれません。あるいは組織とユーザー/カスタマーとのあいだに存在していたギャップも、うまく解消できるかもしれません。リサーチがさまざまな部門、人びとを「つなぐツール」になっていけば、そこから生まれた新たな回路が、組織と社会に活気をもたらす動脈になることでしょう。

リサーチ部門に自律性と柔軟性を持たせ、それを活かすことによってこそ、ユーザー/社会からの声や動向を常に察知し、その知見が組織のなかに流れていくようなフロー、そうしたダイナミックな仕組みができるのです。

従属的・アリバイ的なリサーチから、主導的で生成的なリサーチへ

国内でも、エスノグラフィやUXリサーチは益々の拡がりをみせています。しかしそれらをマニュアルに従って実施してみたところで、たんに全体に従属するような構造として組み込まれてしまうと、せっかくリサーチで得られた成果も活用できないまま、レポートだけが納品されて終了してしまいます。このIntelの例が鮮やかに示すように、従属的・アリバイ的な「リサーチ」から、主導的・生成的な「リサーチ」へと、その成果を適切に活用することで、組織も大きく飛躍できる可能性があると思うのです。

私たちのように学術研究に携わる人間にとって、リサーチとはそもそもクリエイティブでイノベーティブな行為です。それと全く同じ立場ではないにせよ、ビジネスでのリサーチも、まだまだクリエイティブでイノベーティブな役割に進化できるのではないでしょうか。

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by Natsuko Higa

北陸先端科学技術大学院大学 知識科学系 助教。京都大学博士(人間・環境学)。人類学者/エスノグラファー。オセアニア島嶼をフィールドとして人間の行動や価値観を研究してきた傍らで、広くデザインやリサーチなどの業界にも関わりつつ、人間理解を深める手法を探究中。

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